
ママ「雫~。早く起きなさい」
雫「んんん…」
ママ「パパが、もう車出すってよ」
雫「早すぎるよ…」
携帯で時間を確認して、そのまま枕に顔を埋める。
ママ「また、下着で寝て。風邪ひいても知らないわよ」
雫「だって暑いんだもん…」
外で、クラクションの音が聞こえる。パパは、本当にせっかちだ。ママもパパも私のことを考えてくれるのは嬉しいけど過保護すぎる。
私達は、『学生歓迎』という張り紙が貼られている不動産会社に入った。パパのお友達が社長をしている大手の不動産会社で、どのアパートやマンションも相場より桁一つ大きい気がした。パパとママと私と若い営業の男の人と営業車に乗り込み、マンションへ向かう。
パパ「なかなかいいんじゃないか?なあ?」
広いリビングを見渡して、パパがニコニコと笑顔を浮かべる。
営業男性「大学までは徒歩20分ほどです。この周辺は、歩道も整備されていて、割と新
しい物件が多いんです。街灯も多いですし、お嬢さんも安心かと」
パパ「うん。見晴らしもいいなぁ。オートロック完備でエレベーターもある。安全第一だからな。ここでいいんじゃないか?」
ママ「雫?」
雫「んー?」
私は、携帯の画面から目を上げず、適当な返事をする。
ママ「もう、しっかりしなさいよ。貴女が住むんだからね」
雫「わかってるよー」
大学生1人が住むには広すぎると思った。家族4~5人が住むような広さで、部屋数も多い。私は興味なさげに部屋をウロウロとする。部屋よりも新しい大学生活が、不安で仕方なかった。他にも女の子がいればいいんだけど…。
パパ「ここで決める。雫、いいな?」
雫「あー、うん…」
パパ「んじゃ、ここで」
営業男性「ありがとうございます。それでは一度事務所の方に戻りましょう」
ママ「ほら、行くわよ雫」
雫「はーい」
ため息をつき、営業の人と楽しそうに話をするパパの後をそっと追いかける。
★引っ越し当日
ママ「忘れ物はない?荷物はこれで全部なの?」
雫「大丈夫だって。全部まとめて持ってきたよ」
パパ「じゃあ、パパとママは行くけど頑張れよ。未来の総理大臣!!」
雫「なーりーまーせーん」
ママ「まだすねてるの?気持ちを切り替えて頑張りなさい」
雫「うん…頑張る…」
ママ「じゃあね。ちゃんとご飯食べるのよ。足りないものがあれば送るから」
パパ「車はいるか?駐車場もあるみたいだし買ってやってもいいぞ」
雫「いらないよ。歩いていける距離だし」
パパ「ママ、お金渡しておきなさい」
ママ「ハイハイ、とりあえず毎月これくらい送るからね。足りなかったら言いなさい」
雫「これいくらあるの?」
パパ「30万円くらいか?」
ママ「足りるかしら?」
パパ「50万円くらいか?」
雫「こんなにいらないよ。それに私アルバイトしようと思ってるし」
パパ「まぁ、なくて困ることはないんだから受け取っておきなさい」
ママ「そうよ。なにがあるか分からないんだから」
パパとママは、封筒に入った札束を私に渡すとマンションを後にした。
雫「………」
広い部屋は、やっぱりガラガラで、全ての段ボールを置き終えても空間は埋まらなかった。しかも、2つの部屋は空っぽで何も置いていない。
雫「こんなに大きなテーブルどうするのよぉ」
ポツリと独り言を呟く。ベランダから大学が見える。楽しい大学生活が送れればいいんだけど…。私は、部屋に戻り、夜食の準備を始めた。
【続】