
美玖ちゃんは、自分の荷物を手に取るとさっさと講義室を出て行ってしまう。私も慌てて荷物を手にして、美玖ちゃんの後を追いかける。既に講義室前の廊下に美玖ちゃんの姿はなく、私はため息をつきながら五十嵐教授の研究室へ向かった。
しばらく廊下を歩いていると、女子の姿を見かけるようになった。恰好からして看護科の生徒のようだ。楽しそうにグループで歩いている。あまり意識はしていなかったけど、他の学科はどちらかと言えば女子の方が多いのかもしれない。
美玖「あー、やっと来た」
五十嵐教授の研究室の前で、美玖ちゃんを発見した。疲れた様子は全くない。
そんな美玖ちゃんとは対照的に、私は息を切らしている。
ちょっと運動不足かも…。
雫「美玖ちゃん、歩くの早すぎ…」
美玖「雫が、遅いんだよ~」
息を整えてからノックしようと思ったが、
美玖ちゃんはノックもせずにいきなり扉を開ける。
美玖「失礼しまーす」
雫「あ、ちょっと」
運よく中には誰もいなかった。
カーテンを閉め切り、外からの光りを遮断し、
タバコとアルコールの混じり合った異様な臭いは研修室中に広がっている。
美玖「きったなーい!!!!!!!!!!」
スマホのライトで研究室を照らした美玖ちゃんが悲鳴を上げる。
壁はヤニで変色していて、足の踏み場がないほど物が乱雑している。
独身男性の部屋ってみんなこんな感じなんだろうか。
お菓子の小さな包み紙が落ちているだけで大騒ぎするママが見たら気絶するに違いない。
美玖「汚すぎるうう」
雫「臭いも凄いね…暗くて見えない」
美玖「五十嵐教授いますかー?」
雫「一応電気点けてみる」
白い蛍光灯が鈍い音を立てながら光る。
沢山の本が並び…と言うより棚に並んでいるのは数冊だけで、
ほとんどの本は下に落ちている。
論文らしき紙と参考書籍が机一杯に広がり、
灰皿には大量のタバコ、缶ビールの空き缶も転がっている。
雫「やっぱり、いないみたいだね」
美玖「あ、貼り紙がしてある。『ゼミ希望の新入生へ』だって」
雫「この紙に書いてある場所がゼミ室なのかなぁ」
美玖「じゃ行こう」
雫「だから待って…」
美玖ちゃんの右手を握り、勝手に行かないようにする。
行動力があると言うか落ち着きがないと言うか…。
美玖ちゃんも観念したようで、私の歩幅に合わせて歩く。
美玖「遅―い。日が暮れちゃーう」
雫「1分も歩かないでしょ」
美玖「あ、あそこだー」
雫「だから、ノックしなきゃ…」
ゼミ室を見つけるなり美玖ちゃんは走り出し、そのままの勢いで扉を開ける。
中で会議やディベートをしてたら…。そんなことは少しも考えないらしい。
美玖「誰もいないね」
ゼミ室は閑散としていた。長机にプラスチック製の椅子が何個も並んでいる。正面には大きな窓があり、ブラインドが閉まっている。美玖ちゃんが電気を点けた。蛍光灯に明かりが灯る。
雫「待ってればいいのかな?」
美玖「とりあえず待ってよ。お菓子食べる?」
美玖ちゃんが、目の前の席に座り、コンビニ袋からポテトチップスを取り出す。
美玖「んー、開かないなぁ」
雫「ちょっと!!まだ、ゼミ室で食べていいかなんて分からないし、そんな開け方したら…」
私の注意は遅すぎた。
ポテトチップスが宙に舞い、床に飛び散る。
美玖ちゃんが苦笑いを浮かべる。
その顔を見て、私は思わず吹き出してしまう。
雫「落ち着きがないなぁ」
美玖「あはは、よく言われる」
私達はクスクスと笑い合い、五十嵐教授や他の生徒が来ないうちに慌てて掃除をした。掃除道具がないので、拾った後にウエットティッシュで拭くだけなんだけど…。
【続】