
「雫ちゃーん」
講義室に入ると同時に大きな声で呼ばれる。
雫「え!!」
村上君が、窓際の一番後ろの席で手を振っている。
周囲を気にする様子は全くなく、他の学生たちの視線が、村上君から私へと注がれた。
高校の教室のような狭い講義室なので、村上君の声が響いて、物凄く恥ずかしい。
私は、なるべく顔を上げないように静かに入室し、村上君の隣りに座った。
村上「あれ?今日は美玖ちゃんいないの?」
雫「うん。今日も来てないみたい。単位大丈夫なのかなぁ?」
大学が楽しみだと大騒ぎしていた割に美玖ちゃんは、全然大学に来なかった。
村上「メールとかしてみたら?」
雫「一応毎日してるんだけど。アルバイトだったり、行くって言ってこなかったり」
村上君に言われて、携帯を見てみるけど、やっぱり何も来ていない。
村上「そうなんだ。でも、メールが返ってくるって事は元気って事でしょ?」
雫「そうだね」
村上「元気だったらいいんじゃない。そのうち顔出すって」
村上君が、ニッコリと笑って、私の背中を軽く叩く。
他の男子と違って、いやらしくなく、とっても清々しい感じがした。
村上君は、下心や人を陥れようという悪い心が全くない、素直で大らかな雰囲気がある。
将来は凄い大物になる人かもしれない。
雫「そういえば、村上君こそ秋野君は?いつも一緒なのに」
村上「秋野はバイトの面接に行ったんだ」
雫「そうなんだ」
村上「うん、午前中は来てたけど」
雫「へー、村上君は同じアルバイトにしないの?」
村上「うん、ちょっと考えたんだけど…」
村上君が、気まずそうに視線を逸らして、頭をポリポリとかく。
サラサラの髪が、はらりとこぼれ、鼻先に落ちる。
その髪をかき上げると、シトラスの香りが漂う。
村上「秋野がやりたいって言ったバイトが警備員の短期バイトでさー」
雫「へぇ」
秋野君が、顔を黒くしながら交通誘導をしている姿を思い浮かべてみる。
真面目で、一生懸命働いている秋野君。
雫「なんだか大変そうだね」
【続】