
雫「いえいえ…」
お姉さん「あ、そうだ。これ渡しておくね」
お姉さんが、ジャケットからピンクを基調にしたビジューが散りばめられた名刺ケースを取り出す。
お姉さん「私、翠。スナックで働いてるの」
ニッコリと笑った翠さんが、1番上の名刺をサッと取り、私にくれた。
紫色の名刺には、『スナックNANA 翠』と書かれており、3羽の蝶が羽ばたいている絵が名前の横に描かれている。
社会人らしからぬ名刺だったけど、それ以上にひび割れて痛々しそうなネイルの方が気になった。
雫「私は、真中雫です」
そういえば、お互い名乗り合っていなかった。
翠さん「雫ちゃんね。私はここら辺じゃ結構有名なんだよ」
翠さんが、腕を組み、自信満々と言った表情を浮かべている。
雫「そうなんですね…」
私は、反応に困りつつも笑顔を浮かべる。
毎回、こんな姿で歩いていれば有名にもなるかもしれない…。
翠さん「………」
雫「………」
翠さんが、急に押し黙り、私のことをジロジロと見つめ始めた。
雫「翠さん?どうかしました?」
翠さん「雫ちゃんは、学生さん?」
雫「はい。大学生です」
翠さん「ふぅ~ん…」
雫「えっと…なにか?」
翠さん「彼氏はいるの?」
雫「…いえ、その…まだ」
思わず秋野君の顔が浮かんでしまう。
なんの予定もないのにまだなんて言ってしまった。
翠さんが、再び身を乗り出してくる。
翠さん「雫ちゃんも一緒に働かない?」
雫「え…」
翠さん「あ、それとももうアルバイトしてた?」
雫「あ、いえ探しているところで…」
翠さん「ちょうどいいじゃん、やろやろ」
私が何か言うよりも先に翠さんが、決定したかのように大喜びでニコニコしている。
雫「で、でも私、その無理です…」
翠さん「え~、なんでなんで~」
翠さんが、ニコニコした顔から一転して、残念そうな表情を浮かべる。
雫「私、まだ男の人と付き合ったことないので、人前で裸になるなんて出来ません!!」
思わず声が大きくなってしまい、周囲の人達の視線が注がれる。
翠さんが周囲を気にしながら、私に小声で話しかける。
翠さん「いや、脱がないよ。スナックは…」
雫「親からもらった身体に入れ墨を入れたり、ドラッグとかダメだと思います。価値観や考え方は人それぞれだと思うんですけど、翠さんも自分の身体を大切にして下さい。クスリに頼らなくても、もっと楽しいことがあるはずです」
翠さん「……雫ちゃん、勝手に私を薬物中毒者にしないでくれないかなぁ…」
野蛮な言葉が、飛び交ってしまい、私は両手で口を押えた。
隣の席の年配のオジサンがこちらを睨みつけながら咳払いをした。
【続】