
翠さん「彼もこう言ってるし、とりあえずご馳走になったら?」
雫「は、はあ、じゃあいただきます」
清澄さんが、ニッコリと笑みを浮かべて、財布をしまう。
顎を左手で優しく撫でまわし、宙を見上げる。
清澄さん「では、とりあえず携帯ショップに行きましょうか」
翠さん「うん」
翠さんが立ちあがると、清澄さんが足元を見つめて首をかしげる。
清澄さん「おや、ヒールが片方しかありませんねぇ」
翠さん「あー、そうそうヒールも片方なくしちゃったんだあ」
清澄さん「お~ぅ、本当に翠さんはクレイジーですねぇ。はっはっはっは」
外国人の驚いた時のようなジェスチャーをした清澄さんは、再び洋画のワンシーンのような笑い声をあげる。
清澄さん「では、先にヒールを買って、それから携帯ショップへ参りましょうか。車を取ってきますから、お座りになってお待ちください」
清澄さんは、颯爽とレストランを出て車を取りに行く。
背筋をピンと伸ばし、歩き方もモデルのようで一切の無駄がない。
雫「凄く紳士な人ですね」
翠さん「竜ちゃん?カッコいいよねぇ。何の仕事してるんだっけかなぁ?」
翠さん「あ、名刺の裏に私の携帯番号が書いてあるから、もし興味があれば電話して」
雫「はい」
翠さんの名刺の裏には、お世辞にも綺麗とは言えない字で携帯番号が書いてあった。
翠さん「あー、でも今は携帯紛失中だから、もしかけるなら明日以降ね」
窓の外を清澄さんの車がゆっくりと通り過ぎ、入り口の手前で停車する。
ピカピカの黒塗りの乗用車は、とても普通のサラリーマンが買える車には見えない。
清澄さん「お待たせしました」
翠さん「おおっと!!」
清澄さんは、翠さんのカバンを肩にかけ、翠さんをお姫様だっこする。
清澄さん「それでは、真中さん、またお会いしましょう」
雫「え?あぁ、はい……」
清澄さんが、私にペコリとお辞儀をして、その場を立ち去ろうとする。
翠さん「雫ちゃーん。アルバイトの件、もし気になるようだったら連絡ちょうだいね~」
去って行く清澄さんの大きな背中から、
ひょっこりと顔を出した翠さんが笑顔で声をかける。
顔と反対方向では、裸足の脚がゆらゆらと揺れている。
手持ちのボタンで車の鍵を開け、後部座席に翠さんを丁寧に乗車させると、
清澄さんは運転席に乗り込み、あっという間に走り去っていった。
残された私は、自分が立っていることに気づき、席に座りなおす。
2人とも悪い人ではなさそうだけど、私には大人すぎる人たちかもしれない。
あれ?そういえば何で清澄さんは私の名前を知ってるんだろ?
【続】