
最初はタクシーで向かおうかと思ったけど、秋野君と村上君が「お店の人に見られた時に印象が悪い」と言うので歩いていくことにした。私が住んでいる地区の整備された歩道とは違って、コンクリートの縁石から雑草が生えていて、歩道もひび割れていた。アパートや古いお店が狭い距離でぎゅうぎゅうに並んでおり、少し歩いただけでこんなに違うのかと驚いた。
大学から徒歩で行ける距離にスナックNANAはあった。隣はコインランドリーで、古びたアパートはなかなか階数があり、一番上に住んでいる人はエレベーターがなくて登るのが大変だろうな、という感想を思った。スナックの扉は、アパートの雰囲気に似つかわしくない洋風のドアで、非常に入りにくい。私は意を決して扉を軽くノックする。
扉が見た目通りの鈍い音で開き、中からバッチリと化粧をした翠さんが顔をのぞかせた。
黒い袖ありのドレスは見たところ普通のワンピースのようだけど、下はテカテカに光っているミニスカートで、明らかに夜のお店のファッションだった。胸元がザックリ開いていて、自分も同じような格好をすると思うと緊張してくる。
翠さん「来てくれたんだ!待ってたよ!!」
雫「この間はありがとうございました」
翠さん「お礼を言うのはこっちの方だよ。助けてくれてありがとね」
翠さん「ママー。面接の子来たよー」
翠さんが振り返って、大きな声を上げる。後ろが大きく逆三角形に開いていて、真っ白な背中が丸見えになっている。自分にも着れるだろうか……段々と不安になってくる。
翠さん「あ、入って入って」
雫「失礼します……」
ネットで調べたスナックの雰囲気とは違って、どことなくバーや喫茶店のような店内だった。もっと煌びやかで、妖しいライトがピカピカしているのかと思っていたので、体の緊張が若干和らいだ。
翠さんに勧められた大きいサイコロのようなイスに座り、
ママと呼ばれた女性が来るのを待った。
翠さん「雫ちゃん。そんなに緊張しなくてもいいよ」
雫「そう言われても…」
翠さんが、私の両肩に手を置いて揉み解してくる。
触られて気が付いたけど、本当に緊張していたみたい。
凄く張っているのが翠さんの指越しに分かる。
ママ「お待たせしました。菫(すみれ)です」
【続】