
玄関の扉を思いきり開けて、外に飛び出す。後ろから母親が何やら声を開けたようだが、すでに心は外への興味しか持っておらず届かない。両手をぶんぶんと振りながら、サイズのやや大きめだった汚れたスニーカーで真夏の路地を走り抜ける。あっという間に呼吸は荒くなり、ドキドキと心臓の鼓動を感じるが、それでも腕を振り、転がるように坂道を降りていく。体が鳥のように軽く、どこまでも走っていけそうな気がした。
**「っとと」
坂の下のT字路で危なくコンクリートの壁に突撃するところだった。電柱に両腕を付け、大げさに呼吸をする。太陽の日差しで小さく出来た自分の影にポタポタと2滴の汗が垂れる。汗の跡が楽しくて、わざと頭を左右に振ると小さな汗の粒がパラパラと落ちる。電柱の横にしゃがみ込み、コンクリートの壁に背をつける。自分が下ってきた坂を眺める。大人からすれば大して長くもない坂だろうが、彼女にとってはとても大きく、広大で何か冒険が始まるようなワクワクするような道に見えた。
日傘を差した老婆が目を細めて太陽を見つめている。その様子をボーっと眺めていた。老婆は太陽をしばらく見つめてから、ゆっくりとした足取りで坂を下ってきた。老婆の視界に彼女が映り込む。彼女はさっと立ち上がり、斜め下に視線を落としてから、老婆を見つめる。老婆は彼女の顔を見つめて小さく会釈をする。彼女は手をもじもじさせながら大きく頭を下げた。
老婆「どこに行くの?」
**「友達のお家です……」
老婆「転ばないようにね」
**「うん」
老婆は優しく彼女の頭を撫でると左の集会所の方へ向かって歩き出した。日傘には色とりどりの小さな花がちりばめられていた。足取りはゆっくりで、家に着くまでに日が暮れるのではないかと思うほど遅かった。彼女は右の田園の方に振り向くと、再び勢いよく走りだした。左右の田園は綺麗な緑色に光っている。空に雲はなく青空が広がり、風もなく音もない。彼女が駆け抜け、石や砂利をけ飛ばす音だけが響く。
【続】