
田園を超えた先は、瓦屋根の古い民家の集合体がある。集合体といっても世帯数は少なく、空き家も多い。昔は子供も多くいたようだが、若者は仕事先を求めて都会へ出ていき、唯一ある小学校は廃校になり、隣りの小学校と合併している。旧校舎は市民会館になったが、何か行事をやるわけでもなく、存在しているだけだった。
彼女は徐々に走るスピードを落とす。額の汗をぬぐい、キャミソールの胸元をパタパタと仰いだ。水色のキャミソールの襟部分は湿り、変色していた。セミの鳴く声が聞こえる。風がブワッと舞い上がり、思わず頭を押さえ、いつも被っていたお気に入りの麦わら帽子を忘れたことに気が付く。さっき母親が声をかけたのは、麦わら帽子のことだったらしい。
**「…………」
赤いポストのある駄菓子屋から4軒目の民家が彼女の目的地だった。お茶碗をひっくり返したような電灯の中にウズラの卵ほどの電球が付いている。電球は黄ばんでいて、鈍い音で点くには点くが点灯しているとは言いずらいほど微弱だった。表札下のインターフォンが鳴らないのは分かっていたので、ガラガラと扉を横に開く。
**「來未ちゃん、いますか~?お邪魔します」
返事を聞く前に玄関に入る。玄関の左にある靴箱の上に載っている猫の人形は、どことなく人の顔のようで気味が悪く、彼女はいつも振り向かないようにしていた。風鈴の音が聞こえ、背中から生ぬるい風が吹き、汗で濡れたキャミソールが背中にピタリと張り付いた。
++「わあ!!!」
**「ひっ!!!!」
後ろから大きな声を出され、思わず声をあげる。彼女が振り向くと、おかっぱ頭の來未がニヤニヤと意地悪な笑いを浮かべて立っている。背丈は全く同じ、顔を見つめると同じパーツがぴったり同じ場所にある。ピンク色のワンピースで首元には大きなリボンが付いていて、白いフリルのついたソックスに真っ赤なサンダルを履いている。膝にはバンソウコウが付いている。この間転んだ場所だ。
**「もお~」
來未「きゃあ~くすぐるの禁止だよ~」
彼女は來未の脇をくすぐる。來未は、目をつぶり大声をあげながら体をよじらせた。さらにくすぐろうとした彼女からするりと抜け、來未は玄関から外へ逃げ出す。彼女も玄関から飛び出した。
來未「んふふ~」
**「ふふふ」
彼女と來未は一定の距離を保ちながら追いかけあう。お互いに体に触れようと近づくが、逃げられてしまう。特にルールはない。触られたらくすぐられるだけ。2人は汗をかきながら炎天下の中を走り回った。セミのやかましい鳴き声と少女たちの笑い声が響き渡る。
【続】