もう少し頑張りましょう #3

散々走り回った二人は汗でべたべたに濡れた手をお互いに握りしめ、民家の裏へ回る。民家の裏には干上がった二畳ほどの小さな池の跡があり、内側には丸石が重ね合わせてある。表面にはびっしりと苔が生えていた。池の跡地から少し歩くと二階建ての離れがある。

離れと言っても大きくもなく、立派でもなかった。一階の壁は木の板で張りなおしていたが、二階は土壁で所々剥がれ落ちていた。L字型の金のドアノブが付いた扉は妙に立派で、木の板とは全く違う黒い高級感のある扉だった。ドアノブの上には銀のカギ穴があり、さらにその上には縦長の白い札が貼り付けられている。

少女たちには届かない位置に貼りついており、見たところで漢字が読めず、意味も分からないが、來未が言うには「子供は入るな」というようなことが書かれているらしい。彼女は「じゃあ私たちは入っちゃダメなんじゃない?」と尋ねると來未は、腕を組み首をひねり困り果てていた。その日は入ったら怒られるかもしれないということで入らずに帰ったが、後で來未がおじいちゃんとおばあちゃん(來未の)に扉のことを尋ねると「入ってもいいけど、ケガをしないようにね」と言われたそうだ。それ以降、少女たちは裏の離れを秘密基地にした。

來未「じゃあ、開けるよ」

扉を開けるのは來未の係りだった。毎回、彼女の表情を真剣なまなざしで見つめ、開けることを確認する。彼女は何も言わずに静かに頷く。最初に数センチ開き、來未がそっと中を覗く。もちろん誰もいないが、儀式のようなものだった。この扉が不思議な世界への入り口だと彼女たちは信じて疑わなかった。

來未「今日も誰もいないみたい」

**「じゃあ大丈夫?」

來未「うん、入ろう」

先頭は來未、彼女は來未の肩に両手を添えて一緒に入る。足音を立てないようにそろりそろりと中に入り、玄関で履物を脱ぐ。そして、顔を見合わせて思いきり笑うと、一斉に二階に向かって走り出す。キャアキャアと声をあげながら階段を駆け上がり、正面の扉のない部屋に飛び込む。ここが二人の秘密基地だった。

横長の出窓を開けて、籠った空気を換気する。古い家だからなのか秘密基地はいつ来てもホコリや木くずが零れていた。四畳ほどの部屋は床が紫色のカーペットで所々に黒いタバコの跡が付いていた。二段の箱型の本棚には文庫の本が並んでいたが、少女たちは漫画じゃないことを確認すると本をもとの場所に戻し、それ以降一度も触れていない。

彼女は、座敷ほうきでソファやカーペットを掃き掃除し、來未はテーブルを濡れたタオルでゴシゴシと拭いた。タオルは二階にあったが、バケツと水道は外にあるため、來未は一度階段を下りて外へ出なければならなかった。彼女は可哀想だと思って代わろうかと声をかけたが「いい!!」と言って來未は仕事を譲らなかった。よほど責任感があるようだ。

【続】