
おじさん「ちょっと寄って行きな。おーい」
おじさんはニッコリと笑って立ち上がると喫茶店の中に入って行った。私は周囲をきょろきょろと見まわしてから、オジサンの後を追って喫茶店に入る。カランカランと鈴のような音が聞こえた。
おばさん「あら、可愛いお客さんね。こんにちは」
美玖「こ、こんにちは」
おばさん「お名前は?」
美玖「長谷川美玖です」
エプロン姿の小綺麗なおばさんが布巾で手を拭きながら私の前にしゃがみ込む。お母さんと一緒であったかい気持ちになる。
おばさん「そこの席に座ってて、ジュース飲む?」
美玖「あの……私、お金ないし……」
おばさん「こんなに可愛い子からお金なんて取れないわよ」
おじさん「あったあった」
おじさんがお店の奥からドタドタと出てきて、1冊の古びた本を私に渡してきた。文字は全て英語らしく、全く読めなかった。パラパラとページをめくると綺麗な魔法使いの挿絵が何ページにもわたって描かれている。どうやら外国の漫画のようだ。
美玖「可愛い……」
おじさん「魔女は美人だし強いんだぞ。なあ!よかったなあ!あははははは」
おじさんが大きな声で笑いながら私の背中をバシバシ叩く。私はあるページの魔女から目が離せないでいた。満月の下で黒いマントとフードを被った魔女が目をつぶりニッコリと笑っている。その優し気な笑みは悪魔や妖怪、オバケとは違った。神々しい女神のようだった。
おばさん「はい、オレンジジュース。お菓子もどうぞ」
美玖「ありがとうございます」
おじさん「その本やるよ」
美玖「え……でも……」
おばさん「気に入ったのなら持って行っていいわよ、小さな魔女さん」
美玖「……ありがとう」
お菓子とジュースをご馳走になった私はおじさんとおばさんに頭を下げて、家に向かって走り出した。気分が高揚し、両腕を思い切り振り、小学校に通い始めて一番の全速力で駆け抜ける。あの暑い夏の日の田園を思い出しながら……。
その日、私は一日の出来事をお母さんに話した。興奮しながら話をする私にお母さんはとても喜んでくれた。嬉しそうに笑うお母さんに私はもっと嬉しくなる。お風呂に入る前にお母さんと魔女の本を見て、寝る前に一人で挿絵を見返す。何度見てもその魔女は美しかった。
【続】