
私は桜を突き飛ばして、家に向かって走った。心臓がバクバクと波打ち、怒りで全身が燃えるように熱い。お母さんが一生懸命に商品を並べていた大好きなお店が。お母さんとの思い出のお店が汚されていく。一緒にポップを書いたり、綺麗に飾り付けした、私とお母さんのお店が……。
美玖「!!」
お店の前のベンチに萌恵ちゃんと愛衣ちゃんが座っている。その目の前にお母さんがしゃがみ込み、困った表情で何やら話しかけている。私は息を切らせながらお母さんの横に駆け寄り、二人を睨みつけた。萌恵ちゃんと愛衣ちゃんは涙を流しながら「ごめんなさい」を繰り返していた。
お母さんから話を聞くと、萌恵ちゃんと愛衣ちゃんが消しゴムや駄菓子をポケットに入れて会計をしないで出て行こうとしたのを止めたらしい。二人は最初黙りこくっていたが、萌恵ちゃんが我慢できずに泣き出してしまい、それにつられて愛衣ちゃんも泣き出し、その後は二人とも泣きながら謝り続けたという。
美玖「泥棒!お母さん、警察に言わなきゃ!」
私はお母さんの肩を揺すって大きな声で叫ぶ。警察という単語に二人は震えだす。お母さんは、私の方を振り返らず、二人の手をギュッと握りしめた。
お母さん「もうこんなことしちゃダメだよ。わかった?」
萌恵ちゃんと愛衣ちゃんは鼻を啜りながらコクコクと頷く。私は焦り始めた。何で許しちゃうの。この二人は悪いのに。人の物を盗む最低な泥棒なのに。私は自分が裏切られたような気分になって頭が痛くなってきた。絶対に私が正しいはずなのに。
美玖「お母さん!!」
お母さん「今日のことは黙っていてあげるけど、美玖に意地悪しないでね」
お母さんは笑っていたけど、なぜか大人ならではの怖さが滲み出ていた。萌恵ちゃんと愛衣ちゃんは泣くのを止めて、真っ青な顔で小さく一度頷き、もう一度消えそうな声で「ごめんなさい」と呟いた。それから、二人はとぼとぼと家に帰って行った。お母さんとその後姿を眺める。
美玖「お母さん、なんで許すの?萌恵ちゃんと愛衣ちゃんは泥棒なんだよ?」
お母さん「一度注意すればもう来ないから大丈夫大丈夫、ご飯にしよっか」
お母さんはいつものように優しい笑顔を私に向けた。私はお母さんの手を握り、お店の片づけを手伝った。その後、萌恵ちゃんと愛衣ちゃんは栞のグループから離れ、クラスでの一人ぼっちは私と栞だけになった。桜は翌日から登校拒否になったが、誰も何も言わず知らないうちに席もなくなっていた。
【続】