もう少し頑張りましょう #40

お母さんが言うようにアリスはとても大人しかった。家の中を走り回ったり、散歩で私やお母さんを置いて行くこともなく、ちゃんと言うことを聞いた。家の中ではゆっくりと歩き、散歩では私の歩幅に合わせて歩く。他の散歩の犬や自転車、知らない人に頭を撫でられても特にビクビクすることもなかった。私が教える前からお手も待ても出来、トイレもちゃんとできた。

こんなに躾が出来ているアリスが処分されるところだったなんて……私は考える度に苦しい気持ちになった。私が少しでも悲し気な表情をするとアリスはすぐに近寄って来る。まるで私の気持ちを汲み取っているようだった。特に何をするわけでもなく、アリスは私の足にぴったりとくっつき、顔を見上げる。大きな黒い瞳には私が映っている。私がそっと手を出すとアリスは鼻を擦り付けて、ペロペロと手を舐め、足に寄り添って丸くなる。フワフワとした毛並みが気持ちよくて、私はアリスを撫でる。アリスは目をつぶり、大人しく撫でられていた。

月江「でもアリスちゃんはいい子だよねぇ~」
美玖「うん」

発表に向けて色々と準備をしている間、月江は膝に乗せたアリスを撫でていた。アリスは月江もお気に入りで、月江の胡坐の中をねぐらの様にして丸くなっていた。気持ちがいいらしく、月江を見かけるなり当然のように胡坐に入り込み、月江がトイレに立ったりしない限り動かない。どうしてもトイレに行きたくなった時や足がつったりした時は、慌てて私がアリスを避難させていた。

月江「いよいよ明後日だね~」
美玖「うん……あー緊張するなぁ」

私は憂鬱になる。何度も漢字を確認して、発声練習もした。お母さんや月江が生徒の役をして、私の発表を聞いてくれた。最初はノートを見ながらぼそぼそとしゃべっているだけだったけど、慣れてくるにつれてノートがなくても読めるようになって、声のトーンも良くなってきた。お母さんと月江が終わる毎にアドバイスをくれるので、私は指摘された部分を直して再び読む。

月江「美玖ちゃん。凄く良いと思うよ!今までで一番!!」
美玖「月江はいっつも『今までで一番』って言うね~」
月江「だってどんどん良くなってくるんだもん」
美玖「でも緊張して忘れちゃいそう……」
お母さん「別に暗記しなくてもいいんでしょ?」
美玖「うん」
月江「わからなくなったらノートをカンニングすればいいんだよ」
美玖「その言い方がなんだか嫌……」
月江「ほら、アリスも頑張れって言ってる」

月江が膝の上に乗っていたアリスを抱えて私に突き出してくる。アリスは特に頑張れと言っている様子もなく、大きな耳をピクピクさせていた。

【続】