
栞「ナジャ様~発表の練習は順調なの?」
栞がわざとらしく教室に響く声で言う。いつも栞の横にいる和也と誠を引き連れて、ニヤニヤしながら私の机に近づいてくる。他の男子は興味深く見つめ、女子たちは憐れんで見つめてくる。早く図書室に行きたい、月江のところに行きたい。私は返事をせず、視線も向けなかった。和也が私の机を両手でバンと叩く。私は身体をびくりとさせる。心臓がドキドキと動き始めた。
和也「返事しろよ~ナジャ様」
栞「クラスの代表なんだから失敗しないでよ?」
和也「そうだそうだ。お前が失敗したら責任とれよ」
和也という男子は身体が大きく、声も大きく、態度も大きい。頭は悪いし、口ばっかりなのに偉そうだった。いつも栞の言葉を同じように言うだけで、自分では何も考えられなかった。でも、他の男子や女子は乱暴されるのが嫌なので知らないふりをするしかなかった。和也は栞をチラチラ見ながら「今の俺カッコ良かっただろ?」とニヤついていた。栞は和也の視線は完全に無視して、私の挙動を楽し気に見つめていた。
栞「本当は私が選ばれる予定だったんだよ」
和也「そうそう。栞が発表する予定だったんだからな!」
美玖「……そんなの知らない……」
まただ。このクラスにはいつも嘘を流す嫌な女子がいる。愛という女子は、いつも人が嫌がる噂を流す。誰誰が怒られた、誰誰が喧嘩をしている、誰誰が付き合ってる……。半分は根も葉もない噂で、勝手に愛が作った嘘話の時も多い。それでも話し方が上手いので、みんな騙されてしまう。特に栞や和也はすぐに人の意見を信じ込むので、いつも愛の話を鵜呑みにする。
栞「先生は本当は私を選びたかったんだって、ある人が言ってたの」
和也「そうそう。愛がそう言ってたんだから本当なんだよ……あ」
栞「何名前言ってんの?バカじゃない?」
和也「あ、いや、ごめん」
栞に睨みつけられた和也はシュンとした顔をして、頭をかいた。こういう時に愛はいつもいない。またどこかで隠れて笑っているに違いない。栞は再び視線を私に向ける。見下した視線は何度見ても気分が悪い。私はズレかけた眼鏡をくいっとあげた。
栞「月江って子もいじめられてるんでしょ?仲間が出来て良かったね?」
美玖「別に仲間じゃないよ」
栞「へー酷い。友達じゃないの?」
美玖「友達、親友」
栞「ふ~ん、クラスには友達がいなかったから良かったねー?」
美玖「……」
栞「貧乏でいじめられっ子のお友達同士頑張ってね、明日応援してるから」
栞は耳元で囁くと馴れ馴れしく肩を叩き、和也と誠を引き連れて自分の席へ戻って行った。私は小さく深呼吸をして、心を落ち着けた。
【続】