もう少し頑張りましょう #43

お母さんは、洗面台の鏡で口紅を塗り私の不貞腐れた顔を見ない。紺のスーツを着こなし、鼻歌を歌っている。私はその後ろで眉をハの字にし、不機嫌な顔をする。

美玖「ねぇ、お母さん」
お母さん「んー?なあに?」
美玖「別に来なくてもいいんだよ……発表会」
お母さん「どうして?せっかく美玖の晴れ舞台なのに~ねぇアリス~♪」

お母さんは、その場にしゃがみ込み、足元に寄ってきたアリスの頭を撫でる。アリスはもっと撫でて欲しいとでも言っているように前に出た。お母さんの膝に乗ろうとするが、足が短くて届かない。私はしゃがみ込み、アリスを抱っこする。

美玖「だって全然面白くないよ」
お母さん「美玖が発表する姿見たいの。お母さんのことは気にしなくていいから」
美玖「……気になるよ」

ニッコリと笑顔を浮かべるお母さんから視線を斜め下に移し、眼鏡をくいっとあげる。また、栞たちに意地悪を言われる。愛が告げ口をする。和也が大きな声で悪口を言う。そんな姿を見られたくない。お母さんはきっと悲しむだろう。怒って注意をするかもしれない。先生に文句を言うかもしれない。そして、その後はもっと酷いことを言われるはずだ。

お母さん「コンクールは5時間目よね?お母さん、用事を済ませてから行くから頑張ってね」
美玖「気が変わったら来なくてもいいよ」

お母さんは小さくため息をつく。私は仏頂面のままランドセルを背負って家を出た。正面の電柱から月江がひょっこり顔を出す。

美玖「月江……」
月江「おはよー美玖ちゃん。いよいよ本番だね」
美玖「うん……」
月江「緊張してるー?」
美玖「凄いしてる。もうガチガチ。手も震えちゃってる」
月江「ノートはちゃんと持って来てる?」
美玖「うん。昨日の夕方と夜に確認して、朝起きた時も確認した」
月江「じゃあ大丈夫だね。リラックス~リラックス~♪」

月江が目をつぶり、魔法のように「リラックス~♪」と言いながら肩を擦る。私はくすぐったくて、思わず吹き出して身体をくねらせる。その姿が面白かったようで、月江は何度も身体を擦ってきた。

美玖「あははははは~もう、止めてよぉ~」
月江「美玖ちゃん、その笑顔で読んでね。美玖ちゃんは笑顔が一番似合うよ」
美玖「わ、わかったって~くふふふふ」

月江の魔法は気が付けばただのくすぐりになっていた。私はするりと抜けて、学校へ走って逃げた。まるで低学年の子みたいだったけど、凄く楽しかった。月江も楽しそうだった。

【続】