もう少し頑張りましょう #54

 一日中家にいる。日が昇って、日が沈むまで。私は何をするわけでもなく起きて、ご飯を食べて、何もしないで部屋に籠っていた。お母さんは、いつも優しく声をかけてくるけど、私は目を合わせるのも嫌で返事もしなかった。気が付けば毎日同じ服を着ていて、一日何もしゃべらない日もあった。部屋にある漫画や小説、テレビを見て時間をつぶす。夕方になると汚れてもいない体でお風呂に入って、眠る。その状況に慣れてしまい声を発する事さえ億劫になっていた。

 そんな日々を何日も何週間も何カ月も続けていた。ある日、お母さんに話しかけようとしたら、声が出せなかった。声は確かに出てるんだけど、喉の奥がつっかえてる感じで実際の声が出るまでに間が空く。久しぶりに声をかけられたお母さんが嬉しそうに何かを私に言おうとしたが、私は口を押さえて部屋に逃げ込んだ。

 唾を飲み込んで「あ、あ……」と声を出してみる。声は出るけどかすれて裏返る。声の音量も分からない。鼓動が早くなるのを感じる。こうなるともう駄目だ。震える手で机に置いてあるペットボトルを手に取ろうとするが、滑らして落としてしまう。カーペットに大きなシミが広がった。ペットボトルを拾い上げた私は、零したシミには目もくれず、口につけて飲み干す。咳き込み、唇が切れる。もう一度声を出してみるが、やはり声は裏返っていた。喉の異物感が取れず気持ちが悪い。外で聞こえる小学生の笑い声に胸が痛くなる。カーテンの隙間から外を覗く。小学生の女の子が二人、全速力で走り抜けていく。私の頬を涙が伝う。悲しいのか悔しいのか、何で流れたのかはわからない。

 私は声を出すことが恥ずかしくなり、余計に喋らなくなった。久しぶりに洗面台で鏡を見て驚いた。真っ青な顔、目の下にはクマができ、不安げな表情は挙動不審に見える。猫背で眼鏡で暗い。口元にはニキビがあり、肌も荒れている。顔を何度も洗った。強く擦りすぎてニキビを潰してしまった。ティッシュをあてると赤い点が小さく滲んだ。

 私は自分が嫌いで仕方がない。鏡で自分の顔をじっと見つめる。自分なのに自分じゃないような。近くにいるのに遠い。私は完全に壊れていた。

お母さん「美玖。月江ちゃんから手紙が来てるよ」

 お母さんがまるで自分に届いた手紙の様に喜んで、私に一通の手紙を渡した。私は手紙を受け取るとしばらく呆然と立ち尽くした。チラリとお母さんを見ると、お母さんはニコっと笑って洗面所から出て行った。私は美玖へと書かれた手紙を静かに開いた。

【続】