
五人くらいしか乗れなそうなエレベーターで三階に上がる。中にある鏡で自分の姿を見つめた。背が伸びた気がする。コートに付いた雪を手で少し掃う。眼鏡をくいっとあげて、小さくため息をついた。エレベーターを降りると、薬品の匂いがどこからか漂ってくる。杖を突いたおじいさんや忙しそうな看護師さんが通り過ぎていく。私はおばあさんの歩幅に合わせて病室の前まで来た。
おばあさん「ちょっと待っててね」
美玖「あ、はい」
おばあさんがノックして先に中に入る。私はドキドキしていた。中でおばあさんと月江が話をしている。何を話しているのか気になりながらも私は静かに待った。手に持っているケーキをチラッと確認する。ひっくり返ってないよね。
月江「美玖ちゃん、入って入って」
懐かしい月江の声に私は我慢できず、涙を溢れさせてしまう。慌ててハンカチで両目を押さえ、眼鏡に涙の跡を付けたまま、病室のドアを開けた。最初に飛び込んできたのは、パイプ椅子に座ったおばあさん。次にベッドと真っ白なシーツ、枕を背にして上半身を起こした月江。真っ白で細い手と首筋、色の薄い唇。髪は手元までまっすぐ伸びていた。両目には包帯が巻かれていて、私は思わず絶句してしまう。
月江「外は雪が降ってるの?」
美玖「え……」
月江「肩に雪が乗ってるから……」
美玖「月江、目が見えるの?」
月江「うん、何となくわかるの」
色素の薄い唇がニコッとした。私がどうしたらいいのかわからずにいると、おばあさんが右手でおいでおいでと私を呼ぶ。私はおばあさんに出されたパイプ椅子に座って、月江の右手を握った。雪のように白い手は握ると折れてしまいそうだった。
月江「美玖ちゃんの手、冷たいね。寒かったんじゃない?来てくれてありがとう」
美玖「月江……」
月江「急にいなくなってごめんね。本当は最後に挨拶したかったんだけど具合が悪くて……」
美玖「大丈夫大丈夫。こうして会えたし……よかったよ」
思わず「元気そうで」と言いかけ、言葉を慌てて飲み込んだ。そして、読ませたい本があると手紙を書いた自分を恨んだ。
月江「その大丈夫大丈夫って美玖ちゃんのお母さんがよく言ってたよね。お母さん元気?」
美玖「元気だよ。月江にまた遊びに来て欲しいって、あ、ケーキとお菓子も持ってきたんだよ」
月江「ありがとう。嬉しい。美玖ちゃんのお母さんと作ったホットケーキ美味しかったなぁ」
私は月江の右手を握ったまま、左手でケーキの袋をおばあさんにもう一度渡す。
おばあさん「わぁ凄い。大好きな月江へって書いてあるよ」
月江「なんか照れちゃうなぁ」
おばあさん「ケーキを切って来るから二人でお話しててね」
おばあさんは、そう言うと私に小さくお辞儀をして病室を出て行った。
【続】