
美玖「それは……うん」
おばあさん「そろそろ帰った方がいいかもよ」
おばあさんが窓に目をやり、私もつられて窓越しに外を眺める。真っ白な画用紙の様な空から大粒の雪がゆっくりと降り注ぐ。外は全体的に暗くなり、街灯がボンヤリと点いている。月江はまだ話し足りなそうだった。
月江「美玖ちゃん、今日も来てくれてありがとう」
美玖「うん、また来るね」
いつものように握手をし、私はコートを手に取った。月江は少しキョロキョロしてから私の声がする方角を見て小さく手を振った。腕と指は細く長く、よく見ると頬も少しコケている。私はなるべく明るい声で「じゃあね」と言って部屋を出た。
外は脛の高さまで雪が積もっていた。私はコートを着て、傘を差し、ゆっくりと歩き始めた。月江が最後に話した”まだ気が付いていないだけで、周りの子が持ってないものをちゃんと持ってるはず”という言葉を自問自答する。私だって自分のことを何度も考えてみた。周りの意地悪な子たちのことだって何度も考えた。それでもわからなかった。自分のことも相手のことも……。どうして自分は何も持っていないのか、どうして自分は不幸なのかと何度も何度も悩んで苦しんだ。結局、私は何も持っていない。
美玖「あ……手袋」
ふと考えを止めた瞬間、コートのポケットに手袋がない事に気が付いた。まだ病院から出て数分しか経っていない。私はため息をついてから引き返す。自分の歩いてきた足跡を辿りながら病院へ向かって速足で歩く。月江はビックリするかもしれないと内心ワクワクしながら病室の手前まで来る。小さく開いたドアから月江の声が聞こえた。その声が嗄れていることに気が付き、私は中に入るのをためらった。
おばあさん「箱はネコちゃんの柄だね、包んでるリボンは真っ赤だよ。リンゴみたいに真っ赤」
月江「美玖ちゃんはリボンが好きなんだよ」
おばあさん「中身は……んー何て言うのかな毛糸のぬいぐるみみたいなキーホルダーだね」
月江「フェルトかな……美玖ちゃんはどんな格好してた?」
おばあさん「この間と同じコートに水色のパーカーを着てたよ」
月江「……そっか、笑ってた?」
おばあさん「凄く笑顔だったよ。楽しそうだったよ」
おばあさんが、月江にバレないように手元のハンカチで目元を押さえている。声は震えて、それでも明るく、楽しそうに話しかけている。月江は堪えきれずに体を震わせ、おばあさんの手を握りしめた。
月江「私が何も見えないって……もう良くならないって……美玖ちゃんにバレてないかな?大丈夫かな?」
おばあさん「月江、落ち着いて」
月江「……何も持ってないとか…………ワガママだよ、ズルいよ。私だって目が見えたら……学校に行きたいもん」
私は口元を押さえ、涙を溢れさせながら走った。病室を離れ、エレベーター横の階段でうずくまり、頭を抱えた。今日ほど自分を殺したいと思ったことはなかった。
【続】