
お母さん「美玖ちゃんにプレゼントがあるんだよ」
美玖「なに?」
お母さん「……ちょっと待ってね。よいしょ……」
次の日も私は病院を訪れていた。お母さんがベッドの横にある柵に手をかけ、体勢を変える。私は身構えたけど、何もできずに見守るしかなかった。小さな手提げの紙袋から取り出されたのは、スマホだった。私は複雑な気持ちで手に取った。
美玖「ありがとう……」
お母さん「お母さんも買ったから何かあったら電話しようね」
お母さんが自分のスマホを見せてくる。水色でピカピカのスマホは、まだ使用した様子がない。私も箱からスマホを取り出し、電源を入れてみる。
お母さん「何がいいのか分からなかったから全部店員さんにお任せしたの。これで大丈夫?」
美玖「大丈夫。…お母さん、ありがとう」
お母さん「使い方は美玖の方が詳しいだろうから、お母さんに教えてね」
美玖「うん」
お母さん「しばらくは一人でご飯を食べたり、洗濯したりしないといけないけど、美玖は出来るわよね」
美玖「大丈夫だよ」
お母さんは何も言わずに頷いた。病室は時間が止まっているようだった。ナジャ様がいるあの場所のように、世界から切り離されているみたいだ。私はお母さんにメールと電話のやり方を簡単に説明して、それから病室を出た。お母さんは私が出ていく瞬間まで私を見つめ、病院から正門までの道のりも窓越しに私を見つめ、手を振った。私は小さく手を振り返した。
普通の中学生ならスマホを買ってもらえば、憑りつかれた様にスマホを触り続けるだろうけど、私は違った。登録する友達もいなければ、メールや電話をする友人もいない。連絡相手はお母さんしかいない。カメラで撮りたいものもないし、アプリやゲームもしない。そんなことをしたところで、今以上の孤独を感じる気がする。
※
和也「見ろよ。グマがオナニーしてるぜ」
羽柴「ぎゃははは、キモー」
和也が大きな声を出す。グマと言うのは、熊田晴哉という男子のあだ名だ。彼は知的障害を患っていて、いつもクラスの男子や女子にからかわれていた。先頭を切って虐めるのは和也と羽柴で、その取り巻きはいつものメンバーだった。和也がニヤニヤしながらグマの頭を思い切り叩き、髪を掴み立ち上がらせる。グマは怒るわけでも嫌がるわけでも悲しむわけでもなく、同じようにニヤニヤしながらヘラヘラしている。
【続】