
美玖「あ……」
お母さん「美玖」
男性「こんにちは」
美玖「こ、こんにちは……」
お母さんの病室へ行くと背の高い男の人がいた。カッコいいスーツの男の人は、凄く仕事が出来そうに見えた。口元も目元もニッコリしていて、いかにも明るそう。きっと毎日が楽しくて嫌なことも怖いこともないんだと羨ましくなった。私は俯く。
お母さん「この人は清澄さん。お母さんが入院してるんですって」
清澄「今1階でリハビリ中なんです。もともと足腰が弱くて、最近は認知症にもなっちゃって、もう大変ですよ。たまに芸能人の名前で私を呼んだりしてね。カッコいいアイドルならいいんですけど、大御所の俳優の名前で呼ばれても困っちゃいますよ。はっはっは」
清澄さんは楽しそうに笑った。お母さんもニコニコしている。私はお母さんの顔を見てホッとした。ふと、清澄さんに視線を向けると目が合う。清澄さんはしゃがみ込み、私の顔をじっと見つめた。私はどうしたらいいのか分からず、目を泳がせた。清澄さんはニッコリと笑って立ち上がる。
清澄「そろそろ帰ります。リハビリの時間も終わりだと思うので」
お母さん「あらそう。残念ね。くれぐれもよろしくお伝えください」
清澄「ええ、お菓子ありがとうございました」
お母さん「足りました?」
清澄「もらうつもりなんてなかったのに……十分すぎます。あとでお返しを……」
お母さん「いいからいいから」
清澄「それではさようなら」
お母さん「さよなら」
美玖「……」
清澄さんはお母さんに深々と頭を下げ、私に会釈をして病室を出て行った。私は清澄さんが座っていた席に座った。椅子は冷たくて、さっきまで清澄さんが座っていたとは思えなくて驚いた。
美玖「お母さん……」
お母さん「ん?どうかしたの?」
美玖「なんでもない……少し疲れたかも」
お母さん「無理して毎日病院に来なくてもいいのよ」
美玖「そうじゃないの。お母さんには会いたい」
お母さん「……」
美玖「……」
お母さん「ほら、清澄さんがメールでくれたの」
美玖「凄い……これ何の花?」
お母さん「これはサザンカ」
美玖「綺麗……でも、雪が積もってる?」
お母さんからスマホを受け取って、画面をじっと見つめる。綺麗に咲いているサザンカの周囲には小さな雪の塊が石のように写っている。
お母さん「サザンカは冬にも咲く珍しい花なの」
美玖「へぇ、可愛いね」
【続】